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名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)2834号 判決 2000年8月25日

原告

楠木宏

ほか一名

被告

堤和美こと茂中和美

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対して各一〇二六万〇〇六四円並びにこれらに対するいずれも平成八年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二事案の概要

一  本件は、左記二1の交通事故の発生を理由として、これにより死亡した訴外田島利一(以下「被害者」という。)の長男である原告楠木宏(以下「原告楠木」という。)及び長女である原告水野美雪(以下「原告水野」という。)が被告に対し、不法行為並びに自賠法三条に基づき、それぞれ損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実等(括弧内に証拠を示した部分以外は争いがない。)

1  本件事故

(一) 日時 平成八年四月一二日午前〇時四五分ころ

(二) 場所 滋賀県野洲郡野洲町大篠原三二三一地先国道八号上

(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(滋賀五九つ六九九一)

(四) 右保有者 被告(弁論の全趣旨)

(五) 態様 被害者は、工事現場からバックで国道八号線に出ようとしたトラック(以下「本件トラック」という。)を誘導するため、本件事故場所に出ていたところ、右国道を西方から走行してきた加害車両が被害者に衝突した。

2  被害者の死亡及び相続

(一) 被害者は、本件事故により加害車両と右本件トラックに挟まれて同日午前〇時四五分ころに死亡した(乙一〇号証、二四号証)。

(二) 原告らは、被害者の子であり、被害者に生じた損害賠償請求権中、治療費及び文書料六四五〇円は原告楠木のみが、その余を法定相続分の割合にしたがって相続により取得した。

3  責任原因

(一) 被告は、加害車両を運行するに際し、前方を注視すべき注意義務を怠った(ただし、その具体的な内容については争いがある。)。

(二) 被告は加害車両を自己のために運行の用に供するものである。

4  損害の填補(既払金)

原告楠木は自賠責保険から合計二七八二万五一八六円の、原告水野は同様合計二七八一万八七三六円の各支払を受けた。

三  争点及びこれに関する当事者の主張は次のとおりである。

1  損害額

(原告らの主張)

(一) 被害者が被った損害

(1) 治療費及び文書料 六四五〇円

(2) 死亡による逸失利益 四八一五万七六〇〇円

日額一万二五二八円を基礎収入として、生活費控除割合三〇パーセント、就労可能年数二三年間(新ホフマン係数一五・〇四五)を用いて、被害者の死亡による逸失利益の本件事故当時の現価を算出する。

(3) 死亡慰謝料 二六〇〇万円

被害者は一家の支柱である。

(4) 合計七四一六万四〇五〇円

(二) 原告らの取得額

治療費及び文書料六四五〇円は原告楠木のみが、その余は、原告らが法定相続分の割合にしたがって相続により取得したから、原告楠木の取得額は三七〇八万五二五〇円、原告水野の取得額は三七〇七万八八〇〇円となる。

(三) 損益相殺

原告らが既に支払を受けた前記既払額をそれぞれ控除すると、損害残額は、原告ら各々九二六万〇〇六四円となる。

(四) 弁護士費用 各一〇〇万円

(被告の主張)

(一) 被害者が被った損害中、逸失利益の基礎収入が日額一万二五二八円であることは認める。慰謝料額については、原告らは父母が離婚した昭和五四年以降、母親と暮らし、被害者とは没交渉であったことを斟酌すべきであり、また、本件事故当時、被害者は内縁の妻である藤田真理子と同居し、共働きであったから、一家の支柱ないしこれに準ずるものとはいえない。

(二) 損益相殺の補充と過失相殺の関係

(1) 原告らが既払として主張する分の外、次の既払があり、これらも損益相殺として控除さるべきである。

<1> 被告任意保険引受会社の富士火災海上保険株式会社が藤田真理子に支払った葬儀費立替払金六九万五〇一〇円

<2> 同社が同女に支払った治療費及び葬儀費立替払残金二万三一〇〇円

<3> 大東京火災海上保険株式会社が被害者の母である田島ミネ子に支払った自賠責保険金九四万四三一四円及び東京海上火災保険株式会社が同様に支払った九六万一九五〇円の合計額である一九〇万六二六四円

<4> 大東京火災海上保険株式会社が藤田真理子に支払った自賠責保険金九四万四三一四円及び東京海上火災保険株式会社が同様に支払った九六万一九五〇円の合計額である一九〇万六二六四円

<5> 以上合計額四五三万〇六三八円

(2) 右合計額四五三万〇六三八円は、次に主張する過失相殺がなされた後の損害額から控除さるべきである。

(原告らの反論)

(一) 被害者と藤田真理子が共働きであったとしても、被害者の収入は同女のそれより多く、一家の支柱の基準を採用することは不合理ではない。

(二) 被告が主張する既払は原告らの損害ではないから、これらを損益相殺するのは筋違いである。

2  過失相殺

(被告の主張)

加害車両が本件事故場所に至るまでの国道八号線はほぼ直線であるが、本件事故当時、夜間で、照明灯もなく、暗い状況であったから、被告から見て右国道上に佇立している被害者を発見することは困難であるが、逆に被害者から加害車両を発見することは、その前照灯により容易であること、被害者は本件トラックを誘導するにあたり、右国道を走行する車両が気付きやすいように前向きで出るように誘導すべきであるのに、バックで誘導し、かつ、本件トラックが斜めに出てきたためその尾灯が被告の進行方向から見えない状況となり、きわめて不適切な誘導をしたこと、また、被害者は誘導棒など、走行車両から発見されやすいものを用意せず、右国道上に佇立していたこと、以上からすると、被告が被害者を発見することはきわめて困難であり、右のような本件事故の態様からして、本件事故発生についての過失の大半は被害者にあるのであり、その過失割合は六割を下らない。

(原告らの主張)

被告は、加害車両を運行するに際し、前方を注視すべき注意義務を怠ったばかりか、前照灯をハイビームにせず、ロービームで走行したため、被害者ないし本件トラックの発見が遅れたのであり、本件トラックの約一〇メートル手前でようやく発見し、ブレーキもかけていないこと、過労運転であったことからすると、被告の一方的過失というべきである。

第三争点に対する判断

一  争点2について

1  証拠(甲二号証の1・2、乙一〇ないし一二号証、二七ないし三三号証、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、前記争いのない事実等に加えて以下の事実が認められる。

本件事故場所は、歩車道の区別のある片側一車線(片側の車道の幅員が約三・五メートル)の対面通行の幹線道路(国道八号線、以下「本件道路」という。)上であり、本件事故場所付近において、最高速度は五〇キロメートル毎時に制限され、追越しのための対向車線へのはみ出し通行及び駐車が禁止されている。そして、本件道路は、被告の進行方向に沿って、本件事故場所までほぼ直線になっているが、照明灯はなく、夜間は暗い。

被害者は、本件事故当時、宏領産業株式会社に勤務し、業務としてガソリンスタンド建設工事現場において本件トラックの誘導をしたのであるが、蛍光服を着用したり、誘導棒を使用するなどの用意をせず、本件トラックを本件道路に誘導するにあたり、バックで誘導し、また、本件トラックは斜めに進行したため、被告車の進行方向からは尾灯が直接は見えない状況であった(本件トラックの側面には灯火は設備されていない。)。

被告は本件道路を、前照灯をロービームにして時速約五〇キロメートルで進行し、本件事故場所手前九・六メートルに至って初めて本件トラックと被害者を発見し、ブレーキをかけるいとまもなく衝突した。

なお、右工事現場の周囲には工事用フェンスが設置されており、右工事現場内と本件道路との間の見通しは悪いが、本件トラックや被害者が本件道路に出ようとする場合、被告の進行方向から、その出ている部分についての見通しを妨げる遮蔽物があったことは認められない。

2  1に認定した事実によれば、被告から見て右国道上にいる本件トラックないし被害者を発見することは必ずしも容易ではないが(乙一二号証の実況見分調書及び被告本人によれば、衝突地点から約五五メートル手前に至った時点で、本件トラックが本件道路に出ていればこれを発見することが可能であり、同じく一八・二メートルの地点で被害者を発見することが可能であることが認められるが、右実況見分は、本件トラック及び被害者に模した人物を最初から本件道路に設置した状況、すなわち、時間と動きを捨象した状況で実験されたものであり、本件トラックや被害者がどの時点で本件道路に出たかを明らかにする証拠はないから、右実況見分の結果から直ちに右各地点で発見可能であったとはいえない。)、逆に被害者から加害車両を発見することは、その前照灯により容易であると推認されるうえ、前記認定のとおり、被害者は業務として本件トラックを誘導していたにもかかわらず、誘導方法や事故回避の用意が不十分であったと認められ(本件道路を走行する車両が本件トラックの動静を気付きやすいように前向きで出るように誘導すべきであった。)、被告にある程度の前方不注視があったことを考慮しても、被害者には、本件事故の発生について少なくとも三五パーセントの過失があることは明らかである。

3  右のような被害者の損害については、公平の観点からその過失を斟酌するのが相当であり、仮に、原告らが固有の損害を含めて請求していると解したとしても、被害者側の過失として、その過失を斟酌するのが相当である。

二  以上によれば、被告が賠償すべき原告らの損害は、原告らの主張する弁護士費用を除く損害額によっても多くて合計七四一六万四〇五〇円であるから、前記過失割合に応じてその三五パーセントを減じた分は四八二〇万六六三三円であり、原告らの主張する原告両名に対する既払金合計額五五六四万三九二二円を損益相殺すると(本来は争点1の被告の主張する既払額についても損害として計上し、それらの合計額に右過失相殺の減額をした後に、双方の主張する既払額全部を損益相殺すべきであるから、原告らの主張する損害額自体多額になっている。)、すべててん補されていることになる。したがって、原告らの本訴請求は争点1などその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。

原告らは、本訴追行についての弁護士費用として合計二〇〇万円(原告ら各一〇〇万円)を請求するが、以上によればいずれも理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田弘明)

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